#007 第一章 鳳翔さんが家にやってきた!【06】

 時はほんの少しだけ遡る。
 空はまだ青く、陽光が燦々と燃えさかる中、海の家を離れてあてどもなく歩みを進めていた航一は、船着き場に着いたところで首を傾げた。
「あれ? 俺はなんでこんな所に……」
 目的地は特に決めずに海の家を出てきており、島内で知っている場所は船着き場から海の家までの間と砂浜だけなので、何も考えずに歩けばここにやってくるのは自然な成り行きである。
 違和感を覚えたのは、着いた場所にというより、海の家を出たこと自体に対してであった。それでも、すぐに適当な理由を思いついて、疑問はとりあえず解決した。
「あ、そっか。腹ごなしに出たんだったっけ。……にしてもあっちーな」
 ギラギラと太陽が照りつける空を仰いで、力なく独りごちる。
「そういえば、諭吉が変なこと言ってたな。人がいないとか豊さんがどうとか」
 豊に関しては本人が近くにいないので確かめようがないが、船着き場周辺については今目の前にある光景を見れば一目瞭然だ。
「……やっぱり普通に人はいるよなぁ」
 ぼんやりと目に映る風景には、旅行客や地元民の姿がある。防波堤の上で釣りをする老人。土産物屋の目の前を走り回る小さな子供とそれを追いかける母親。はっきりとは何を話しているか分からないが、人の声もあちこちから聞こえる。
「まあいいや。もう戻って海行こう」
 航一は程なくしてそれらへの興味を失い、踵を返そうとした。すると、数滴の水の粒が顔にかかるのを感じて動きを止めた。
「ありゃ、雨降ってきたか」
 さっきまでは青い空にぽっかりと浮かぶ入道雲が一つ見えるだけだったが、その入道雲がちょうど真上に来たのか、航一が空を見たときには分厚い雲が太陽を覆い隠そうとしていた。
「やっべ。早く戻んなきゃ」
 船着き場の桟橋から回れ右をした航一は、慌てて駆けだした。が、何かが喉の辺りで抵抗して、前へ進めない。
「ちょっ! 誰だ!?」
 誰かが後ろから引っ張っていると思い、誰何の声を上げるが返事はない。最近になってはっきりしてきた喉仏に革紐が食い込み、強い力で後ろに引っ張られる。
「ぐる……じい……」
 前に進めないどころか呼吸に支障を来し始め、航一は必死に革紐を両手で掴んで引き離そうとした。わずかに首と革紐の間に隙間ができたところで、一八〇度身体を反転させる。
 すると、目の前には航一の目より若干高く宙に浮いた天山のペンダントが、仄蒼い光を放ちながら前に進もうとしているのが見えた。
「なん! だ! これ!」
 引きずられまいと踏ん張る航一だったが、やがて耐えられなくなり、天山に引っ張られる形で駆けだすこととなった。ビーチサンダルのせいで、何度も転びそうになる。
 ほぼ全力で走らされながら桟橋に差し掛かると、天山は急カーブしてそこに入る。
 首を引っ張られたまま大きく身体を振られて、航一の両足が瞬間的に地上を離れた。
「うおっ! あぶねっ!」
 冷や汗と脂汗を弾き飛ばしながら航一はコンクリートの桟橋を走るが、次なる恐怖はすぐ目の前に迫っている。桟橋の突端より先には当然ながら何もなく、このまま進めば海上を駆けることになってしまうのだ。
 天山は一旦接地すれすれの低空まで下がり、突端に向かって離陸の準備よろしく疾走する。
「て、テイクオフ!?」
 助走を続ける天山は、徐々に高度を上げていく。航一の丸まった背がやがて伸びていき、天山が目の高さを上回ったところで、突然足が空回りした。桟橋の端を超えたのだ。
「うぇぁっ!」
 全体重が首元に集中して一気に苦痛が増したため、咄嗟に革紐を首から外そうとしたが、天山はそれを阻むようにきりもみした。急速に首の周りの輪が狭まり、革紐を外すことが物理的にできなくなってしまった。それどころか、革紐は航一の首を容赦なく締め上げる。
「……っ!」
 声も出せず、航一は右手で革紐を掴み、必死に左手の指を革紐と首の間に割り込ませる。頸部を圧迫されて昏倒するよりはましだと考えた航一だったが、天山はさらなる試練を航一に課す。天山がきりもみを続けながら、急上昇したのだ。
 上に向かって締め上げられた首と指に激痛が走り、その上、航一の身体は高速で回転を始め、やがて左手の指を滑らせた。
 完全に首吊り状態となってしまった航一は、両手で革紐を掴み、腕力だけで全身を支えることにした。一時的に呼吸は回復したが、回り続ける世界のせいで胃の腑から込み上げてくる何かによって、再び苦しむことになる。
「ぎ、ぎもぢわり、いぃぃぃ……」
 海上で回るマーライオンになるまでには至らなかったが、航一の意識は徐々に遠のいていく。
 そしてついに、航一の両腕は力を失って垂れた。

 DEAD END

 ……とはならなかった。次の瞬間に天山も不意にその力を失い、航一の身体は重力に引かれて落下したのである。

「いってて……気持ち悪……っぷ」
 両手を下に突っ張り、仰向けからのろのろと上体を起こした航一は、痛みと嘔吐感に顔をしかめた。
 落ちた先が弾力性のある木製の床だったおかげか落下の衝撃はそれほど酷くなかったが、世界は今も緩やかに回り続けている。フィギュアスケーターでもバレエダンサーでもない航一は、三半規管が正常になるまでかなりの時間を要した。
 吐き気が引くまで目を閉じていた航一は、恐る恐る目を開けて辺りを見たが、全方位がもうもうとした濃い霧に包まれており、自分がどこにいるのか全く分からない。少なくとも、海の中ではなさそうだが。
「どこだ、ここは……」
 床は、感触から木製だと分かったが、この場所についてそれ以上の情報はない。
 ゆるゆると立ち上がった航一は、足下を探りながらとりあえず移動してみることにした。
 霧のためか湿り気を帯びた床は、少し動く度にギシギシと軋む。
 何度か滑って転びそうになりながら、適当に当たりを付けた方角にしばらく進むと、香(かぐわ)しい匂いが漂ってきた。
「これは……ラーメンか?」
 鼻腔をくすぐる匂いを頼りにさらに進むと、大きな何かの影が目に入った。
「飛行機か、これ?」
 霧は相変わらず濃くはっきりとは視認できなかったが、シルエットからして飛行機だと分かる。
「どこかで見たことがあるような……」
「誰じゃね。ワタシの食事の邪魔をするのは」
「わっ! 誰だ!?」
 突然聞こえてきた声の主は、飛行機の主翼の上に腰掛けてラーメンをすすっていた。
 老人を思わせる話し方の割にその姿は小さくて可愛らしい、海軍の制服を着た銀髪でおかっぱの少女である。
「こっちも見たことありそうな……しかしなんでラーメン……」
 航一の視線に気づいた少女は、素早い動きで丼を庇うように脇に回して身構える。
「駄目じゃ。貴様にはやらんぞ」
「いや、要らないから……。さっきカレー食ったし……うっ」
 先程の食事と、その後盛大に振り回されたことを思い出して、収まりかけていた吐き気がにわかに蘇る。
「ところで、貴様は誰じゃ。どこから来た?」
 ラーメンを盗られる心配がなくなり警戒を解いた少女が、改めて箸を進めながら聞いてきた。
「知らねーし。こいつに引っ張られてきたのは確からしいけどな」
 胸にぶら下げられたペンダントを手に取って、少女の目の前に持っていくと、少女が『ほう』と呟いた。
「お主が持っとるそれは、この天山を模した物じゃのう」
「天山? これが?」
 少女の座っている暗緑色の機体の片翼にある赤い丸は、確かにペンダントにあるもの物と同じである。とはいえ、天山は今から数十年前に使用された艦上攻撃機であり、現存する物はほぼないはず。それがシルエットレベルではあるが、ここまできれいな状態で存在するわけがない。
 航一はにわかに信じられず、眉間にしわを寄せながらペンダントと目の前の飛行機を見比べる。
 しかし、そうしているうちに、少女はさらに現実性のないことを当たり前のように言った。
「そうじゃ。そして、ワタシはこの機体に宿る妖精じゃ」
「…………は?」
 聞き返すまでに長い時間がかかってしまった。
 まず聞き間違いを疑い、次に少女の精神を疑い、そして自分の頭をも疑った。
「……ようせい? なんだそれ……俺は頭を打ったせいで幻覚を見てるのか?」
 最後に疑ったのは、これが夢か現実か。
「打ったせいじゃあない。妖精じゃ」
「いや、そういうの要らないから……」
 驚きと呆れで開いた口が塞がらない航一は、次第にこの状況が現実ではないと思い始めていた。
「ユーモアを解さぬつまらぬ奴じゃ」
「妖精って、あの……まさか、艦これとか関係ないよな……」
 航一は恥ずかしさをかなぐり捨てて決死の覚悟で尋ねた。ここが現実の世界か否か。最後の分水嶺である。
「関係大ありじゃが?」
「はーい! 夢ん中かくて~い!!」
 叫ぶなり、航一は真後ろに跳んで受け身を取りながら倒れた。
「おい! どうしてしもたんじゃ!?」
 急に気が触れてしまったと思ったのか――それでほとんど正解だが――少女は心配そうに眉をひそめて丼を翼の上に置いた。
「やっぱ夢だよなー。そうだよ。そんな気はしてたんだよ。だって、何度も見てんじゃん天山。妖精も込みでさ」
 木製の床の上に転がってけらけらと笑っている航一の顔を、翼から降り立った少女が可哀想なものを見るような目で覗き込んだ。
「大丈夫かお主?」
「大丈夫もなにも、ここは夢ん中だし。そうと分かれば楽しまなきゃな。あんたのことは天山って呼べばいいんだよな?」
「……好きに呼んでもらって構わんが、ううむ……」
 天山は頭がおかしくなってしまった人間を目の当たりにしたことがないのか、下から輝くような笑顔を向けてくる航一をどう扱えば良いか苦悩する。
「じゃあさ、天山。ちょっと乗っけてくれよ」
「は? 何を言うとるんじゃこやつは」
 友達に自転車の後ろに乗せてくれと頼むような気軽さで言う航一に、天山は目を丸くした。
 ちなみに、自転車の二人乗りは道路交通法違反である。気軽に頼んではいけない。
「いーだろ。どうせ夢なんだし。頼むよ~」
「……別に構わんが、あいにくこの空じゃあ、飛ぶのは無理じゃな」
 相変わらず辺りに立ち込め続けている霧を手で掬うようにして、天山は肩をすくめる。
「えー! なんでこんなところだけ現実的なこと言うんだよー!」
「そりゃ、現実じゃからのう……」
 ジタバタともがく航一を見下ろして、ほとほと困り果てた天山は無為無策のまま、不意に空を見上げる。そして、分厚い雲が割れてわずかに光が差し込んでいるのを見つけた。
「……おや、空が晴れていくようじゃぞ」
「あ、ホントだ! これで飛べる!」
「慌てるでない。まだ無理じゃ。とりあえずこの霧をなんとかせんことには……」
「大丈夫っしょ。どうせ夢だし、すぐに晴れる……ほら、風吹いてきたじゃん」
 都合良く吹き始めた風が少しずつ霧を散らしていく。徐々に明らかになっていく自分の周りを確認しようと、航一は身体を起こして勢いよく立ち上がった。
 足下から先には木製の床がしばらく続くが、それが突然途切れている。そしてその向こうに見えるのは、黒々とした大海原だった。航一が立っているのは巨大な船の甲板らしく、位置的に船体の真ん中辺りのようだ。
「すげえ……」
 天には青空が広がり、霧も晴れると、船体の側面方向に見える景色がだんだんと色彩を取り戻していく。黒っぽく見えていた海も次第に青さを感じられるようになった。波はさっきまで悪天候だった割には高くなく、キラキラと輝く細かな波頭が見て取れる。
 呆然と立ち尽くし感嘆の声を漏らす航一は、もうどうしようもなく夢の中を満喫していた。
 船着き場の桟橋から首吊り状態で引っ張り上げられ、その直後に放り出されたのが見知らぬ船の甲板上であることが分かっても、まるで動じることがない。
「ほーらー。霧も晴れたぜー。これでいけるだろー!」
「いや、今は船が動いておらん。合成風力がないと発艦できんのじゃ……って、嘘じゃろ!?」
 天山が言うが早いか、船はその身を大きく揺らしながら突然動き始めた。
「何の連絡もなかったのじゃが……」
「夢の中では全て俺の願い通りになるんだよ! はははは!」
 哄笑する航一の隣で呆然としていた天山は、飛行の条件が揃って観念したのか、一つため息をついてからふるふるとおかっぱ頭を揺らした。
「……仕方ないのう。乗るが良い」
 納得がいかないといった表情で『何がどうなっとるんじゃこれは』と呟きながら、天山は主翼に後ろからよじ登った。さっきまでいた場所に腰掛け、未だに湯気が立ち上る丼を持ち上げる。一口スープをすすったところで、航一が動き出さないことに気づく。
「ん? どうしたのじゃ。さっさと乗らんかい」
「あのさ、そういえば発艦許可とか大丈夫なのか?」
 真顔で尋ねる航一に、天山は脱力して再び丼を置く。
「……さっきまで押せ押せ行け行けだったくせに、妙なことを気にするんじゃな……。もちろん取ってあるとも。元々気晴らしに飛び回るつもりだったからの」
 『良いから早(はよ)う乗れ』と天山は言って、再び丼を手に取る。どういう製法で作られているのか全く伸びたように見えない麺を湯気とともにちゅるっと吸い込むと、一瞬表情が緩んだがすぐまた怪訝そうな顔になる。
「……置いていくぞ」
「いや、あのさ……」
「今度はなんじゃ。急に怖くなったのか?」
「そういうんじゃないけど、あれって……なんだ?」
 航一が船首方向を指差した先には、わずかに残った入道雲とその下で光る何かがある。船が進み始めたことによって、水平線から顔を出したのは局所的に大嵐になっているらしい一地点。その上空に、四角い光がぼんやりと浮かんでいる。
「はて、ワタシにも分からぬが……」
 二人でしばらく漫然とそれを眺めていると、突然拡声器を使ったような割れ気味の声が大音量で聞こえてきた。
『テス。テス。あー。あー。あっ、やっと音声が正常になりました!』
 幼い少女の声に時折キーンというハウリング音が混ざり、航一は顔をしかめる。
「あれ……なに?」
「いや、ワタシにも分からぬが……」
『しょ、諸君。ごきげんよう』
 続けて、わずかに緊張したような上ずった声が聞こえてきた。音声の発生源はどうやら、さっき見つけた四角い形の光の方にあるようだ。船が進むうちにその光は近づいてきており、それが映像を投影されたスクリーンらしき物であることが分かった。
 映し出された物がはっきりと見える所まで近づくと、船は急に減速を始め、やがて完全にその動きを止めた。
 スクリーンの中には、海兵隊が被っていそうな帽子がフラフラと揺れているのみ。時折『原稿は……確かこのフォルダに……うーん』などと呟く、少女の声が聞こえる。
「止まったな……これを見ろってことか?」
「さあな。このまま行けば嵐に突っ込むことになりそうじゃし、一旦体勢を立て直そうとしておるのかもしれん」
「かもしれんって……。この船操ってる奴と連絡できねーのか?」
「それができるんなら、こんな歯切れの悪い答えは返さんよ。まあ、ちょっと前まではできておったんじゃがな」
 かぶりを振りながら、天山はお手上げとばかりに割り箸の先を宙に泳がせる。
「まあ、なるようにしかなんねーか……ところで、こいつ一体何やってんの?」
「さあ。何か探しとるようじゃが」
『ええっと……ちょっと待っててくださいよー……』
 視線が少し上がり、少女の顔がフレームインしてくる。焦って何かを探しているせいか、しきりに動いている目はなぜか赤く腫れ、鼻も赤くなっている。さっきまで泣いていたような顔である。
「こいつって、これも艦これ関係だよな……」
「そうじゃのう。最近見なくなった『初代エラー娘』かのう。『妖怪猫吊るし』とでも呼んだ方が馴染みがあるかのう」
「俺はチュートリアルのときにしか見たことねーな。猫吊してんのはネットでたまに見るけど」
 航一が艦これを始めた頃には、既に『エラー娘』としては退役しており、代わりに『妖怪猫土下座』という俗称のキャラクターが通信エラーの際に表示されるようになっていた。
 現在、チュートリアル時にのみ現れるこの『チュートリアル娘』について、航一はよく覚えていない。艦これを始めた当初、チュートリアル通りに進めたが操作方法がいまいち判然とせず、結局ウィキサイトに頼ることとなったため、チュートリアル娘についての記憶が曖昧なのである。
 映像を見ながら、航一は何かを思い出そうと頭を捻る。
「なんかこういうの見たことあるな……あ、あれだ。ニコ生見てるみたいな感じだこれ」
 少女がパソコンの前であれこれ悩んでいる様がリアルタイムで配信されている。この状況を航一はそう表現した。ちなみに、コメントは流れていない。そういう意味ではユーストリームの方が近いかもしれない。
 画面は再び帽子で一杯になっていたが、『あ、ありました』という声の後にチュートリアル娘の腰から上までが映し出された。少し後ろに下がったらしい。
 原稿から離れて見づらくなったのか、こちら側を睨みつけて眉根を寄せるチュートリアル娘は、原稿をそのまま読んでいるのが丸分かりな棒読みで喋り始めた。
『プレイヤーの諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいていると思う……?』
 語る途中で迷いが生じたらしく、語尾がなぜか疑問形になる。
『……しかし、ゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、<<ソードアー……っと、ちょっと待って! この原稿違う! 誰ですかこんなのフォルダに置いたの!?』  ………… 『えっと、本当の原稿は……ああ、これですね』  仕切り直しのため一旦深呼吸をして、チュートリアル娘は改めて原稿を読み始めた。 『今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをして……って、古いよ! ってか伊勢さんがやってたよねこれ!』  ………… 「うわぁ……それはないわ……」  大滑落事故の現場を目の当たりにして、航一はぐったりとした表情で呟いた。 『ご、ごめんなさい! 別にボケようとしてやってるわけじゃないんです! ホントですよ!』 「いや、別にどうでも良いし……」 『それでは気を取り直して、ええっと……ひゃっ!』  可愛らしい小さな悲鳴の後、チュートリアル娘が画面から突然消え、ドンガラガッシャーンという賑やかな音の群れが航一達の耳を掠め去っていった。 「えっと……猫吊しって、こんなドジっ娘キャラだっけ?」 「さあ。ワタシが知るわけなかろうて……」  先刻まで和やかに会話をしていた三峰豊の正体がここまで極まったドジっ娘であることなど、航一には及びがつこうはずもない。 『……引き出しの角が……角が……』  ガタガタと震えながら濃い影を背負って画面に現れたチュートリアル娘は、うわごとのように『角が……』を繰り返し、やがて両目から、決壊したダムのように涙を流し始めた。 『うわーん! どうしてこんな目にばっかり遭わなければいけないんですかぁー!』  大声で号泣するチュートリアル娘を見て、航一は転んで泣き出した近所の幼稚園児を思い出すと、急に温かな気持ちが芽生えてきた。 「なんだか可哀想になってきたな。ていうか……可愛く見えてきたな」ポッ 「おう。ワタシもそう思っておったところじゃ」ポッ  仲良く頬を緩ませ合う二人であった。 ←#006へ戻る #008へ進む→ ホーム

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です