#001 序章 消えたチュートリアル娘

序章 消えたチュートリアル娘

 とある夜。某データセンターにて。
「お電話ありがとうございます。サポートデスクの武田です。――はい。お世話になっております。障害のご連絡ですね。インシデント管理番号を発行いたしますので、しばらくお待ちください」
 武田と名乗った、ヘッドセットを付けたサポート員の若い男は、パソコンのキーボードを操作しながら丁寧に顧客の対応をしていく。
「お待たせいたしました。番号をお伝えしますので、ご記録をお願いいたします。番号は、デーエムいちきゅういちきゅうぜろななにーいちです。以上の番号で管理させていただきます。それでは、障害内容をお願いいたします――」

「エラーは特に出てないっぽいけど、お客さん、なんつってた?」
 隣で監視画面を見ながら同僚の男が訊くと、ヘッドセットを外した武田は苦笑しながら答えた。
「よく分かんないけど、チュートリアル画面で表示されるキャラクターが一人だけ正常に表示されないって。ハードコピー送ってもらったから見てもらって良い?」
「あいよ。――うーんと……なんじゃこりゃ? ホント一人だけ黒塗りされてるみたいになってんな。確か、ここには初代エラー娘がいるはずなんだけどなぁ……」
 ディスプレイに表示された画像を見て、男は首を傾げた。
「何を言ってるのか分かんないんだけど……艦これやってないし」
「俺も最近始めたばっかだけどな。結構楽しいぞ。ゲームシステムしっかりしてるし。武田もやりゃいいのに」
「いや、僕は良いよ。山本君と違って時間がないからね」
「出たよ。リア充の、彼女いるから時間がないアピール。武田だけ二回死ねば良いのに」
「なんで僕だけ、二回も死ななきゃならないんだよ……別にそんなアピールしてないから。さあ、無駄口叩いてないで対応するよ」
「へいへい」

***

 時を同じくして、ある居酒屋のカウンターの隅でスーツ姿の壮年の男が二人、酒を酌み交わしていた。
「久しぶりに街に戻ってきたけど、こんないい感じの店ができてたんだなぁ」
 細身で黒いスーツを着た、若作りという域を超えた金色の総髪の――砕けた言い方をすれば、チャラい――男が、店内を見回しながらわざとらしく言ってねぎま串の鶏とネギを同時に頬張った。
「白々しい奴だな……そうがプロデュースした店だろう」
 茄子の揚げ浸しを箸でつつきながら眉間にしわを寄せてそう返した男は、角刈り頭で無骨という言葉を具現化したような風貌をしている。着ているダークグレーの内ポケットから拳銃でも出てきそうな雰囲気があった。
 『そう』と呼ばれたチャラい男は、芝居がかった動作で手のひらを上に向けた。
「いやいやかいちゃん。だからこそ宣伝しなきゃならないんじゃん。僕は売り上げのためならサクラでもなんでもするよ」
「ん? 今、なんでもするって言ったよな?」
 『かい』と呼ばれた無骨な男は、口の端を上げてにやりとした。
「言ったけど……いちいち反応するの止めてよ。それの元ネタって、ろくでもないやつでしょ」
「まあ、そうだけどな。とりあえず、お疲れ」
 かいが冷酒の入ったガラスのおちょこを持ち上げると、そうも反射的に同じ動作をする。
 キンと心地良い音を立てて器を打ち合わせてから、そうは呆れた顔をした。
「はい。お疲れ様。って、とりあえずじゃないよ……二回目だよね、乾杯するの」
「いいじゃないか。減るもんじゃないし」
 厳つい顔を緩めて、かいが言う。それを流し見て、そうはフンと鼻を鳴らした。
「僕も大概だけど、かいちゃんはホント、ノリで生きてるよねぇ」
「ノリと勢いも、時には必要だからな」
「時には、でしょ。いつも、の人が言うべきじゃないね」
「ふん。堅いことは言いっこなしだ。例の件は首尾良く進んでるんだから、このままの勢いで突っ走るべきだろう」
「そりゃそうだけどね……でも、今のところ計画通りとはいえ、さっき攫ってきたあの娘(こ)は使えるのかい?」
 そうが何気ない言い方で物騒なことを口にすると、かいは露骨に顔をしかめ、声のトーンを落として言った。
「もう少し声を抑えろよ……。ちょっと話してみた感じだと、正直微妙だったな……」
「大丈夫なの? それ」
「まあ、そうが大丈夫にするから大丈夫なんだろうさ」
 肩をすくめて言うかいに、そうは諦めたような顔で肩を落とした。
「まーた、僕にそういうめんどくさそうなのばっか押しつけるんだから……」
「そう言うな。適材適所ってやつだろう。俺は誰かを教育したりとか、部下に指示出したりとか、そういうのが苦手だからな」
「まあね。よく知ってるよ。そうやって役割分担して、これまで二人で生き残ってきたんだし」
 両手を肩の上に挙げて、そうはかいを横目に見て言った。
 かいは真顔になって背筋を伸ばした。
「そういうわけで、これからも頼むわ。俺は現場を回ってるのが性に合ってる」
「はいよ。僕も、僕ができることをやるまでさ」
「そんじゃ、これからの計画の成功を祈って、乾杯!」
「またかよ……はいはい。かんぱーい」
 三回目の乾杯をして、二人は一気にガラスのおちょこを呷(あお)るのだった。

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